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京都市国際交流会館10周年記念事業
「国際交流活動支援セミナー」
多文化・異文化・どんなんか?
    −つなごう、広げよう、心のネットワーク−
第1部 基調講演 / 第2部 意見交換会
「資金調達の方法について」 
日時1999年11月27日(土)  13時30分〜16時30分
場所京都市国際交流会館 第1・2会議室
参加人数28名
主旨外国籍市民支援を展開する民間団体の基盤強化を目指す。
共催京都市国際交流会館10周年記念事業実行委員会、財団法人京都市国際交流協会、京都市
後援京都商工会議所、国際交流基金京都支部、日本国際連合協会京都本部、(財)内外学生センター、(財)京都市ユースサービス協会、 NHK京都放送局、京都新聞社、京都国際交流団体連絡協議会
第1部 基調講演「外国籍市民支援の今後について」
講演主旨外国籍市民支援活動を中心に、社会における民間団体の意義と役割について考える。
講師龍谷大学教授 富野暉一郎氏
講師紹介元逗子市長、島根県法学部教授を経て、現在龍谷大学法学部教授。
97年とよなか国際交流協会主催「市民セミナー」にて、地方分権、規制緩和、国際化が課題とされる今日、このような状況が、地域に住む私たちの生活や市民活動にどのように関わっていくのかについて講演。99年名古屋国際センター記念事業にて講演。
はじめにtop
今日は、まず、私が市長時代に行政として経験したことについて、次に、いろいろな紛争多発地帯で難民が多発しておりますけれども、それらの問題について政府だけではなくNGOや地域社会にどのような役割が期待されているのか、それから、外国から来られた方々との地域社会における共生・共存についてお話ししたいと思います。最後に、民間団体と行政がいかに協力体制が組めるかということが、外国籍住民の方々や地域の国際化に重要な役割を占めるということについて整理して話したいと考えています。
1.市長時代の経験top
米軍住宅問題
私はそれまで天文学を専門として大学で研究をしており、その後、父親が亡くなって会社の経営者をやっていました。その時、私たちの町に米軍住宅問題が起こりました。米軍住宅ができて自然が壊されていき、子どもたちのことを含めて心配に感じていたのですが、私も一人の社会人として、自分の町に起きたことを自分たちで責任を取らなければと思って、初めて市民運動をやったわけです。そういう経過のなかで全く経験なしで市長になってしまいました。アメリカをはじめとして世界各国の市民運動について調査しましたが、作業を進めていくなかで、我々が在住外国人の方々に対してきちっとした体制が取れていないということを感じました。
成人式に「外国籍の人はどうするの?」
まず最初にびっくりしたのは、教育委員会で協議をした時に、成人式に「外国籍の人はどうするの?」と聞いたら、「えっ」と言われたのです。その当時、成人式に外国籍の人たちを呼ぶという発送がなかったのです。成人式に呼ばないのなら、他のことはどうなってるんだろうと思い、いろんな市の行事や福祉・教育の施策に関して調べました。調べてみるとこれがまったく悲惨なもので、外国籍の人にはお知らせさえしていなかったのです。当時はあまり市民運動が盛んではありませんで、行政として何ができるかということをいろいろ出していただいたわけです。
公務員には多様な価値観が必要
例えば、外国人の国籍条項問題などはすごくばからしい話です。市町村はこれから人材をいかに豊富にしていくか、いかに有能な人材を集めるか、そしていろんな多様な価値観にどう対応するかというのが非常に大事です。その人材のひとつとして外国籍の住民の人たちのもっているいろんな経験、考え方、価値観というのは、行政にとってなくてはならないはずです。地方自治体が外国籍の人たちの就職に門を閉じることは考えられないことだと思います。法律を読んでも、外国籍を排除しなければいけないとは一言も書いていません。法律で禁止されていないことを何でやらなければいけないのか。それで、逗子市は国籍条項をすぐに削って、完全に門戸を開放したわけです。さっそく一人、職員採用試験を受けたのですが、その人は非常に優秀な韓国籍の人で、今情報関係の業務に就いています。そういうことを手始めに、住民投票制度をつくる時には、その中に外国籍の方も入ってもらうということもしました。
市民がつくる歴史の検証
ベルリンの壁が崩壊した後、ドイツに行って私がいちばんショックを受けたのは、ナチス時代の歴史の検証を市民がNGOでやっているということでした。行政や政府だけでなく、市民自身が自分たちの傷をきちっと掘り返して歴史を受け止めるということをやっていたのです。なぜ日本ではそういうふうにならないんだろう、なぜ政府にばかりに要求して、自分たちの町の歴史を掘り返してきちっとした検証をしないのだろうと、非常にショックを受けました。

私たちの町は米軍の弾薬庫になっていて、それを戦中からつくっていたために、朝鮮から来た方が労働者として大量に使われて、いわゆる朝鮮部落が大変たくさんありました。私の友だちにも朝鮮籍の方がたくさんいて、朝鮮人学校も大変多かったのです。それが逗子の歴史からまったく抹殺されていた。それに気がついて、予算を出して調査をすることになったのです。ところが予算委員会でものすごい発言が出てきて、それが大問題になって、マスコミは議会をたたいて、最終的に議会は否決してしまいました。国がそういう方針を出していないのに、市がどうして調査する必要があるのかと。しかし、その議決に対して非難がたくさんあったため、議会は改めて市長に対して予算を提出し直してくれと要請し、ようやく調査を受け入れることになりました。
あなたの意志を尊重します
当時、指紋押捺問題もありました。私はその時、「外国籍であろうがなかろうが逗子に住んでいる人たちは逗子の市民である。国民と市民は違うんだ。」と言ったのです。市長は逗子に住んでいるすべての人を守る義務がある。だとしたら、税金をきちっと納め、まともな生活をしている人たちを罪におとすようなこと、市民の生活をおびやかすようなことを市長がすることはできません。

そこで、外国籍の市民一人ひとり市長室に来ていただいて、「私はそう考えます。法律はこういうふうにできているから、市長としては指紋押捺をお願いする立場だけれども、あなたの意思が拒否ということであれば、私は徹底的にあなたの立場を守ります。どちらかを選択していただきたい。」とお話ししました。拒否をされる方が6人いました。それについては、逗子市は一切法的手段を取りませんでした。警察が一時強制捜索するという話もありましたが、結局それはなく、最終的に決着できたのです。
人間として最も当たり前の生活を
そういった経験からつくづく思ったのは、国民と住民というのは違うのではないかということです。国家にとって国民というのはひとつの基本的な存在です。明らかに国家主権があって、領土があって、税金を納める人がいて、権利義務関係が憲法で決まっています。しかし、町というのはどうなんでしょうか。町の中に住んでいる人たちは国籍があろうがなかろうが地域の共同生活の中で機能していて、当然人生の幸福を追求する権利があるわけです。これは人間としての権利です。それを国民であるかないかということで、なぜ国家ではない自治体が判断して排除しなければいけないのか。これは非常に不合理だと思います。国家が何といおうが、自治体は自分の地域に住んでいる人たちは自分たちで守り、生活を保障し平等に扱う、人間としての最も当たり前の生活ができるような市政をつくっていかなければいけないと感じたのです。
2.NGO・地域社会の役割top
冷戦が終わって
市長を辞めた後、自治体同士が国際社会の平和をつくっていくような存在として独自の役割を果たすべきではないかと、そういう分野を研究するようになりました。国際社会の中で、地方自治体・地域がどういう役割をもっているのか、国際社会は今まで国家が動かしてきたけれども、これからの国際社会は誰がどういうふうに動かしていくのだろうか、平和は誰がつくり出していくのだろうか、ということを考えるようになってきました。

それを考えるのにいちばん大事なのは、冷戦が終わったということです。終結後、民族紛争や宗教紛争など悲惨なことが起きてきました。核の脅威といって無理やり押さえつけていたものがなくなったわけですから、そういうことが起きてくることは予想されなければいけなかったし、当然予測できたわけです。しかし冷戦前と決定的に違うのは、手のほどこしようのある状況になってきたということです。いろんな悲惨なことは起きるけれども、努力や国際享受によって変えていくことができる、私たちはそういう時間をもつことができるようになったのです。私たち自身が手掛かりを考え出していかなければいけない時代になってきたと思うのです。
人々の力
これは決して国際紛争だけではありません。環境問題も顕著です。リオデジャネイロの環境サミットでは、国連が主催した会議で、環境や生活、住居の問題や社会開発、いろいろな問題で、NGOと地域社会・自治体、この2つの国家以外の組織の役割が非常に大きく取り上げられるようになりました。それは国家よりもより小さく、より人々に近い組織、より人々に近い活動が、人々の自覚的な地域づくりや意識覚醒、改革にとって非常に大事な要素であるからです。国家が上からこれをやれとかやめろとか、頭ごなしにやっていくことは、人々の生活と直結していないだけに、人々に及ぼす力は非常に弱い。人々に最も近い組織、人々に最も近い活動団体が、国家の壁を超えてつながり、協力しあうことによって、紛争や戦争の原因になる最も根本的な原因を変えることができるのです。
民族紛争の根本的原因とは
宗教や民族の違いというのは根本的な原因ではないのです。いろんな国に行きましたが、多民族が共生して平和にやっているところはたくさんあります。宗教や民族の違いというのは紛争のバネになるぐらいで、「我々」という時に使われるものにすぎません。そう言わせる前には、一人ひとりの人がそのままでは今日が送れない、明日も生きていけない、人から奪わなければ生きていけない、こういう絶対貧困があるのです。これが紛争や戦争の最も根本的な原因なのです。
軍事を使わない平和解決法
私たちは軍事力をもっているわけではありませんから、直接的に紛争や戦争を止めることはできません。しかし、その根本的な原因である絶対的な貧困や社会的な差別をしているような考え方を人々のレベルから変えていく、あるいは地域のレベルから直していくことができれば、世界を変えていくことができるのではないか。ある時には悲惨なことが起きるかもしれないけれども、武力で抑えこむのではなくて、根本のところから時間をかけて直していく、そこに新しい世界の対処療法があるのではないでしょうか。これからの世界は、国や国が集まった軍事だけで安全保障をやっていく時代ではなく、地域社会の生活空間における安全保障を充足していくこと、それが世界を平和にし、人々の差別をなくして一人ひとりが豊かな人生を送れる世界をつくることになるだろうと思います。
国家にかわる主役、NGOと地方自治体
それができるのが、人々に近い組織や人々に近い活動であるのは明らかです。人々に最も近い活動というのはNGO活動です。そして人々に最も近い組織は地方自治体です。国連にピース・ビルディング、平和建設というコンセプトがあります。その基本は民政の安定です。その主体、担い手は、地方自治体とNGO。つまり、世界を根本から平和な方向に変えていくのに最も大きく期待される力は、国家にかわってこれからはNGOと地方自治体なのです。

今、自治体の国際活動としては4つの分野が言われています。ひとつは国際交流です。これは姉妹都市交流やいろんな交流があります。その次は国際協力です。自分たちの町の皆さんの税金から集まったお金を他の国の人のために使っているものです。三つ目は自治体の国際的なネットワークです。自治体同士が国境を超えて集まって、自分たちで地域おこしをやっていくというものです。そして四つ目は内なる国際化です。これがまさに皆さんのやってらっしゃるようなことにつながってくると思います。
3.地域の中の外国籍市民top
そういうなかで、自治体外交の中の内なる国際化を受け継いで、これから外国籍の方とどう共生し、協力して地域社会をつくっていったらいいのかというのは、非常に大きなテーマになってきます。それまではいろんな保護、福祉に関して外国人を排除する、税金だけ取ってサービスを行わないという行政だったのですが、法律の体系で基本的に差別をしないとするケースがだんだん増えてきています。
しかし、私たち自身の意識の中で、どうしても外国籍の人たちは違うと思いがちなんですね。ですから基本的には、地域の中に住んでいる人は住民であり市民であり、まったく同等な存在ととらえるということは重要です。

国家の法律がありますから、外国籍の方は外国人登録をしなければなりません。日本人は住民登録、それはいかんともしがたいわけです。これはむしろ差別というよりは区別と言わざるをえない面があります。しかし、生活レベルではまったく同じ条件で生きています。むしろ、価値観が違う、生活の習慣が違うところをどう受け止めるかです。国家は国民であるかないかという区別はしますが、地方自治法で住民というのは、そこに住んでいることが明確であるということで十分です。住民であれば、住民に対する差別は自治体では禁止されています。住民であるという認識をしっかりともつ、これは行政にしても市民の皆さんにしてもまったく同じことです。

しかし、法的にそうなっているからといって、実際に外国籍の人たちの権利や社会的な自由が日本人と同じかというと、就職差別、あるいは結婚に対する差別など、非常に違います。けしからんと思うのは、行政そのものが外国籍の人たちを排除していることです。理屈では差別してはいけないと言いながら、実態では差別している。これが日本社会の現実です。いかにそういう差別をなくしていくかが、これからの問題点になってきます。まだ行政は消極的で、どうしても日本人と外国人を区別したい。福祉の給付にしろ、手当てにしろ、なかなか外国の人たちに完全にフリーに門戸を開けているとはなっていません。だからといって、住民サイドが行政にならって差別していいということではないのです。
共生のあり方を考える我々の運動
まず私たちは行政に対して、国籍条項は撤廃すべきだとはっきりいうべきです。そして、選挙権、被選挙権に対する問題、これは地域の政策として、住民投票、選挙権に関しては法律改正が適用できるとはっきり最高裁がいっているわけですから、行政がきちっと対応するように、我々は運動していかなければなりません。
あと、不法滞在者に対する対応も、行政は法律にしばられるという感が強いものですから、非常に遅れていて消極的です。難しい問題ですが、人権という観点で我々はできるかぎりの行政の対応を求めたいと思います。

こういう運動をしながら、社会の中における私たちの隣人であり、同じ住民である外国籍の人たちに対する支援、共生のあり方をさらに推進していきたいと思っています。就職や労働条件、あるいは事業経営、経営というのは銀行がお金を貸してくれないということがあって外国人の方には非常に難しいようです。そういう表に出ない差別というものを、これからきちっとターゲットにして運動していかなければいけないと思うわけです。

そしてもうひとつ、日本人は西欧系の外国籍の方と非西欧系の外国籍の方への意識も非常に違います。多くの非西欧系の留学生が日本が嫌いになる最大の理由は、下宿がなかなか見つけられないことです。とても嫌な思いをしています。せっかく日本に来ながら、生活レベルのことで日本が嫌いになって帰ってしまう。そういうことについても、我々はこれから取り組んでいかなければいけないだろうと思います。
地域における国際化の必要性とは?
我々が進めていくうえで基本的なところは、人権の問題と共生です。共生については、日本人同士でも、高齢者と若い人たちの共生、あるいは被差別部落の人たちとそうでない人たちの共生、いろんな意味での共生の問題があります。そういう共生や人権を、普遍的な価値として日本の中に定着させるということが、非常に大事な部分です。

その時に、なぜそういうことが必要なのかということを考えてもいいと思うのです。今までは国家というものが前提としてありました。国家があるから国民が保護され、国民は安全保障を享受できる、こういう構造だったわけです。しかし今、はたして国家は私たちを本当に守ってくれるのか。国家があることによって私たちの安全は常に守られるかという問題があるわけです。例えばWTO、お米の自由化の問題があります。

国際社会の圧力の中で日本政府が食糧安保を守りきれるか。決してそうではありません。日本政府は国際社会の中で孤立できないということで、国民の励起よりも国際社会の強調の道を選ぶ。そして食糧安保はなおざりにされます。単になおざりにされるだけではなくて、具体的にそれが農民の生活を直撃するのです。そういう農業の厳しい現実がこれからもさらに進展してくるでしょう。このように国家の国益と私たち自身の安全保障は、これからしばしば衝突し、国益のために私たちの安全保障が損なわれるということが起こってきます。

だとしたら、どうやって安心できる生活をつくっていくことができるのか。国家にだけにたよっていくことはできません。国家の中に閉じこもっていれば、国益と個人の安全保障の矛盾で、常に個人の安全保障はなおざりにされざるをえない。国家とは別の次元で人々が連帯し、安全保障あるいは人権の側から、国益主義、国家の競争、市場経済に対抗していかなければ私たちの生活は守っていかれない時代になるわけです。

地域の共生という問題と、国家や市場の横暴、国益主義の行き過ぎた面を誰が抑えるかという問題になった時、人々のレベルで連帯していく、NGOが国際社会の国家をコントロールしていく、自治体が安全保障を国際社会共通のものとして展開し、人々の生活を豊かなものにしていくということがなければ、私たちは厳しい競争主義の中で裸になって世界と対立していかなければいけなくなります。だから地域における国際化が必要なのです。共に生きるということは、世界の公共性、つまり国益や競争社会に対抗する力を私たち自身がもつということです。それゆえに、地域における共生が私たちにとって非常に大切であるという基本的な認識が必要であろうと思います。

皆さんのような地域との共生を進め、外国籍の方々を支援する活動というのは、世界的な視野で大きな人類的課題といっていいと思います。そういう活動をもっと最前へ進め、具体的に展開することが、世界の平和づくりの一貫を担う非常に大事なものです。
周りの人と手をとりあって、地域社会を形成する
行政にいるとつくづく思うのですが、行政はやはり全体しか見ないのです。全体のためにということが原則ですから、一人ひとりの人がこうすればもっとよく生きられるということについて、行政がその一人の人ことだけで考えるということは非常にできにくいのです。これができるのは誰か。隣の人、あるいは人々そのもの、私たちです。一緒に生きられる人たちがいてこそ、生きることが守られ、国際社会に貢献できる地域社会を支えていくことになるのです。

行政は非常に大きな団体ですから、お金をもっていたり、専門性をもっていたり、パワーもあります。しかし、そういう大きなパワーも、皆さんのような活動とかみあってはじめて地域社会が国際社会に、共生の社会に変わっていくのです。生活の中に直結している人々と一緒に生き、そういう価値観からいろんな提言をし、社会を変えていく。行政だけでは難しいというのは、私は市長をやってみてつくづく思いました。

よく行政がやればいいじゃないか、なぜやらないのかとおっしゃるんですけれども、行政には限界があることは明らかです。私がかなり努力したつもりでも、やはり一人ひとりの人すべてに直接手を触れることはできない現実の中で、どうしたらNGOの人たちと手を結べるかということを考えざるをえませんでした。どんなに行政が強く見えても、皆さんのもっている力とは全然別の次元の力です。その力がなければ、地域社会も行政も本当の意味で開くことはできません。皆さんの活動の意味は、皆さんが感じてらっしゃるよりもはるかに行政にとって大きなものです。

ですから、行政に寄り掛かるとか、突き放すということではなく、本当に必要で、なおかつ本当に超えなければいけないものをきちっと提示していただき、その中から互いに生きていくことの意味を地域社会につくり出していく、そういう活動をぜひこれからも続けていただきたいと思います。
4.行政と市民の間の国際交流協会top
そこで、私は国際交流協会は非常に重要な役割をしていると思います。なぜかというと、外国へ行くとこういう組織はないのです。アメリカにしてもヨーロッパにしても、行政は自治体の中でお金を使うものであって、自治体の外に対してお金を使ってはいけないということになっています。ヨーロッパの国の中には、法律で自治体の国際化を禁じているところもあります。しかし日本はそうはなっていません。それだけではなく、自治体が人やお金を出して、恒常的に安定した国際化のための場を地域社会の中に用意しています。

これは非常に特異な形態です。日本がお役所、中心の社会だからという批判もあります。また国際交流協会というお役所を作ってしまったために、どうもお役所のペースでいってしまい、私たちの声がうまく反映されないという声も聞こえます。しかしこれは使い方次第なのです。もちろん市民の税金を使って運用していますから、みんなのためになっているということが原則で、行政の方からもいろんな制約があります。でも国際交流協会の職員の多くは、NGOの人たちとどうやって一緒に仕事ができるかを必死になって考えています。そして地域社会の中で、いかに有効に、できるだけ早く大きく育てていって、事実的にその地域でその活動を展開できるようになるかということを目標にしています。これだけの仕掛けがあって、それを利用しない手はありません。つまり予算があって、スタッフももっている。しかも国際化をやりましょうという組織になっているわけです。あとは皆さんの活動とそういう組織がいかに結びつくかです。
地域国際化協会を活用して
そのためには、お役所から出ているからどうせ大したことはできないんだと思ってしまわないで、自分たちが必要だと思っていることをどんどん提言していったらどうでしょうか。その中に新しい試みが出てくるはずです。さらにもう一歩進んで、人事の交流をした方がいいと思います。国際交流協会とNGOの間を研修という形で半年とか1年ぐらいずつお互いに流通する。別の立場から見ることができると非常に変わってくると思います。東京のNGOと自治体は、そういうことを始めています。横浜市もNGO、JICA、いろんな人たちを受け入れて支援をやっています。そのなかでお互いの意識が深まり、協力体制も組みやすくなると思うのです。そういう新しい仕組みを含めて、国際交流協会をお互いに使い勝手のいいものに、私たち自身のものとして使い切るということをぜひやっていただきたいと思います。
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